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鳥取地方裁判所米子支部 昭和44年(ワ)218号 判決 1975年10月03日

原告

遠藤喜代子

ほか二名

被告

米子宇部コンクリート工業株式会社

ほか三名

主文

1  被告米子宇部コンクリート工業株式会社は、原告遠藤喜代子および同内田幸子に対し、それぞれ金一〇五万円およびうち金九五万円に対する昭和四一年一二月一日から、うち金一〇万円に対する昭和四四年一二月一一日から各支払すみまでそれぞれ年五分の割合による金員を支払え。

2  被告米村博は、原告遠藤喜代子および同内田幸子に対し、それぞれ金一〇五万円およびうち金九五万円に対する昭和四一年一二月一日から、うち金一〇万円に対する昭和四五年一月八日から各支払すみまでそれぞれ年五分の割合による金員を支払え。

3  被告皆生タクシー株式会社および同西村邦夫は、連帯して、原告遠藤喜代子および同内田幸子に対し、それぞれ金二二万円およびうち金二〇万円に対する昭和四一年一二月一日から、うち金二万円に対する昭和四四年一二月一一日から各支払すみまでそれぞれ年五分の割合による金員を支払え。

4  原告遠藤喜代子および同内田幸子のその余の請求ならびに原告遠藤翠の請求を棄却する。

5  訴訟費用のうち、原告遠藤喜代子、同内田幸子と被告米子宇部コンクリート工業株式会社、同米村博との間に生じたものはこれを一〇分し、その一を被告米子宇部コンクリート工業株式会社、同米村博の、その余を原告遠藤喜代子、同内田幸子の各負担とし、原告遠藤喜代子、同内田幸子と被告皆生タクシー株式会社、同西村邦夫との間に生じたものはこれを五〇分し、その一を被告皆生タクシー株式会社、同西村邦夫の、その余を原告遠藤喜代子、同内田幸子の各負担とし、原告遠藤翠と被告らとの間に生じたものはこれを原告遠藤翠の負担とする。

6  この判決の第1ないし第3項は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告らは連帯して、原告遠藤喜代子(以下「原告喜代子」という。)に対し、一〇一二万八一九七円およびうち九二〇万七四五二円に対する昭和四一年一二月一日から、うち九二万〇七四五円に対する被告らに本件訴状が送達された日の翌日(被告米村について昭和四五年一月八日、その余の被告らについて昭和四四年、一二月一一日)から各支払すみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告らは連帯して、原告遠藤翠(以下「原告翠」という。)に対し、一一〇万円およびうち一〇〇万円に対する昭和四一年一二月一日から、うち一〇万円に対する被告らに本件訴状が送達された日の翌日(被告米村について昭和四五年一月八日、その余の被告らについて昭和四四年一二月一一日)から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告らは連帯して、原告内田幸子(以下「原告幸子」という。)に対し、一二三二万八一九七円およびうち一一二〇万七四五二円に対する昭和四一年一二月一日から、うち一一二万〇七四五円に対する被告らに本件訴状が送達された日の翌日(被告米村について昭和四五年一月八日、その余の被告らについて昭和四四年一二月一一日)から各支払すみまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

5  仮執行宣言

二  被告ら

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二原告らの請求の原因

一  遠藤克之(以下「克之」という。)は、つぎの交通事故により死亡した。

1  日時 昭和四一年一一月三〇日午後一〇時二〇分ごろ

2  場所 米子市東福原の大沢川改修工事記念碑付近の県道皆生西原線上

3  加害車 被告米村運転の普通乗用車、(鳥五そ一六六号。以下「米村車」という。)および被告西村運転の普通乗用車(鳥五あ二二三五号。以下「西村車」という。)

4  事故の態様 道路上に転倒していた克之を米村車および西村車が轢過した。

5  事故の結果 克之は、胸部および大腿部裂傷等の傷害を受け、翌一二月一日午前二時五分ごろ死亡した。

二  被告らは、それぞれつぎの事由によつて本件事故の損害賠償責任を負う。

(一)  米村車は被告米子宇部コンクリート工業株式会社(以下「被告工業会社」という。なお、当時の商会は米子宇部生コンクリート株式会社であつた。)の所有であつて、被告工業会社が自己のために運行の用に供していた、また、被告米村は、当時松江宇部生コンクリート株式会社に使用されて、同会社の業務に従事していたときに後述のような過失によつて本件事故を起こした。そして、同会社はのちに被告工業会社に合併された。

そこで、被告工業会社は、自賠法三条、民法七一五条によつて、本件事故の損害賠償責任を負う。

(二)  被告皆生タクシー株式会社(以下「被告タクシー会社」という。)は、西村車を所有し、これを自己のために進行の用に供していた。また、被告タクシー会社は、自己の事業のために被告西村を使用していたところ、本件事故は同被告が被告タクシー会社の業務を遂行中に後述のような過失によつて起こしたものである。

そこで、被告タクシー会社は、自賠法三条、民法七一五条によつて、本件事故の損害賠償責任を負う。

(三)  被告米村は、飲酒のうえ米村車を運転し、前方に対する見とおしが十分きかないのに徐行しないで進行し、かつ前方注視義務を怠つた過失により本件事故を起こした。そこで、同被告は、民法七〇九条によつて、本件事故の損害賠償責任を負う。

(四)  被告西村は、自車を運転するにあたつて、前方に対する見とおしが十分きかないのに徐行しないで進行し、かつ前方注視義務を怠つた過失により本件事故を起こした。そこで、同被告は、民法七〇九条によつて、本件事故の損害賠償責任を負う。

三  克之の相続人は、同人の母である原告喜代子と妻の原告幸子である。また、原告翠は克之の妹である。

四  本件事故による損害は、つぎのとおりである。

(一)  克之の逸失利益

克之は、本件事故当時二七歳であつて、県立米子南高等学校境港分校の教諭として稼働していたから、本件事故がなければ昭和七三年九月まで稼働し、その間別紙(一)の逸失給料明細表記載のとおりの収入(同表記載の諸手当は、基本給の三・九ケ月分の期末勤務手当、〇・二ケ月分の寒冷地手当、〇・四ケ月分の勤務手当を合算したものである。)を得ることができた筈である。よつて、収入額の三割を経費として控除し、ホフマン式計算方法によつて年五分の割合による中間利息を控除して克之の逸失給料の総額を計算すると、同表記載のとおり一三七五万九二四五円となる。

また、克之が三五年間以上勤務して(昭和七三年三月に勤続三五年間に達する。)退職した場合、退職時の基本給の六九・三倍の退職金を得ることができるから、克之は六二四万三九三〇円の退職金を得ることができた筈である。本件事故による死亡によつて得られたのは、死亡時の退職金一〇万二六〇〇円と遺族一時金五万九一五三円の合計一六万一七五三円にすぎない。そこで、その差額である六〇八万二一七七円の逸失利益があることになるか、ホフマン式計算方法によつて年五分の割合による中間利息を控除すると、つぎの計算のとおり二四八万一五二八円となる。

6,082,177円×0.408=2,481,528円

さらに、克之は、六〇歳から七五歳に達するまで年金を得ることができた筈であり、その額は一ケ月当り退職前三〇ケ月の平均給料である八万九〇〇〇円の約六二・五パーセントにあたる五万五六〇〇円であるから、経費として一割を控除すると、一年当りの年金額は六〇万〇四八〇円となり、これからホフマン式計算方法によつて年五分の割合による中間利息を控除すると、逸失年金の総額は別紙(二)の年金明細表記載のとおり三一七万四一三一円となる。

以上により克之の逸失利益は合計一九四一万四九〇四円となるが、自賠責保険金から三〇〇万円を受領したので、これを控除すると残額は一六四一万四九〇四円となる。

これを原告喜代子と同幸子とが各二分の一ずつ相続によつて取得したから、右原告両名は各八二〇万七四五二円の損害賠償請求権を取得した。

(二)  慰謝料

原告喜代子に対しては一〇〇万円、同翠に対しては一〇〇万円、同幸子に対しては三〇〇万円が相当である。

(三)  弁護士費用

原告喜代子は九二万〇七四五円、同翠は一〇万円、同幸子は一一二万〇七四五円を要した。

五  被告ら主張の原告喜代子、同幸子に対する各七五万円の弁済の事実、克之に過失があつたとの事実、被告タクシー会社に自賠法三条但書の免責事由があつたとの事実は、いずれも否認する。

六  (結論)

以上により被告らに対し、原告らはそれぞれつぎの金負を連帯して支払うよう求める。

(一)  原告喜代子

1 損害金合計一〇一二万八一九七円

2 弁護士費用を除いた損害金九二〇万七四五二円に対する昭和四一年一二月一日から支払すみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金

3 弁護士費用九二万〇七四五円に対する本件訴状が被告らに送達された日の翌日(被告米村について昭和四五年一月八日、その余の被告らについて昭和四四年一二月一一日)から支払すみまで右同様年五分の割合による遅延損害金

(二)  原告翠

1 損害金合計一一〇万円

2 弁護士費用を除いた損害金一〇〇万円に対する昭和四一年一二月一日から支払ずみまで右同様年五分の割合による遅延損害金

3 弁護士費用一〇万円に対する右同様本件訴状が被告らに送達された日の翌日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金

(三)  原告幸子

1 損害金合計一二三二万八一九七円

2 弁護士費用を除いた損害金一一二〇万七四五二円に対する昭和四一年一二月一日から支払ずみまで右同様年五分の割合による遅延損害金

3 弁護士費用は一一二万〇七四五円に対する右同様本件訴状が被告らに送達された日の翌日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金

第三被告工業会社、同米村の主張

一  請求の原因一の事実について。

1、2、3(ただし、西村車についての事実を除く。右事実については知らない。)5の各事実は認める。4の事実のうち西村車についての事実は知らないが、米村車についての事実は争う。

本件事故の態様は、つぎのとおりである。

本件事故現場は中央に幅約一二メートルの車道がありその両側に歩道があつた。当時は車道の中央の幅約六メートルの部分だけが舗装されており、車両は主として右舗装された部分を進行しており、その通行は頻繁であつた。本件事故当時は、強風にあおられた雪のために右舗装部分はぬれており、非舗装部分には積雪があつた。事故現場の道路両側に広告灯があつた(ただし、点灯されていたか否かは不明である。)が、視界はきわめて悪く、前方一〇メートルないし二〇メートルを見とおし得るに止まつた。克之は、飲酒の結果血液一ミリリツトル中に二・七一ミリグラムのアルコールを保有するという強度酪酊の段階にあり、歩行不能、意識混濁をきたして、車道上に横臥していたものである。

二  請求の原因二の事実について。

(一)の事実のうち、被害米村に過失のあつたこと、被告工業会社が民法七一五条の責任を負うことは争うが、その余の事実は認める。

(三)の事実は争う。

三  請求の原因三の事実は知らない。

四  同四の事実のうち、自賠責保険金三〇〇万円が支払われた事実は認めるが、その余の事実は知らない。

五  本件事故については、前述のとおり克之に重大な過失があつたから、八〇パーセントの過失相殺がなされるべきである。

六  原告喜代子および同幸子は、昭和四三年三月八日、被告米村からそれぞれ七五万円の弁済を受けた(供託中)から、これを損害額から控除すべきである。

七  原告らの当初の訴状における損害額の主張は、つぎのとおりであつた。

1  原告喜代子 逸失利益二三〇万三五七三円、慰謝料五〇〇万円、弁護士費用二九万二一四三円

2  原告翠 慰謝料二〇〇万円、弁護士費用八万円

3  原告幸子 逸失利益二三〇万三五七三円、慰謝料五〇〇万円、弁護士費用二九万二一四三円

そして、原告らはその際、克之の逸失利益のうち、将来の昇給に基づくものはこれを請求から除く旨明示していた。

ところが、原告らは昭和四九年四月一二日に裁判所に提出された書面で、克之の将来の昇給をみこんで同人の逸失利益を計算し、本訴請求のとおり請求を拡張するに至つた。しかしながら右拡張部分については、当初の請求から明示的に除外されていたから、時効によつて消滅したものであり、被告らは本訴の同年一一月二二日の口頭弁論期日に右時効を援用した。

第四被告タクシー会社、同西村の主張

一  請求の原因一の事実について。

1ないし3の事実は認める。4の事実は争う。5の事実のうち、克之が死亡したことは認めるが、死亡原因は争う。

本件事故の状況は、つぎのとおりである。

路上にいた克之に米村車の左前部が激突し、転倒した克之の胸部を米村車が轢過した。これによつて克之は胸骨・肋骨々折、左肺裂創、胸椎脱臼等の傷害を受け、翌一二月一日午前二時五分ごろ、呼吸困難により死亡した。西村車は米村車の後方を同車と同じ方向に進行していたが、右事故により路上に転倒している克之を発見し、ハンドルを右にきつて避けようとしたが間に合わず、西村車は克之の右大腿部付近を轢過した。

克之は米村車に轢過されたことによつて、現在の医学ではとうてい救うことのできない致命傷を受けていた。すなわち、西村車の轢過の有無にかかわらず、克之の死亡の結果は避けることができなかつた。また、西村車の与えた傷害自体は死に至るようなものではなかつた。したがつて、克之の死亡による損害については、被告タクシー会社あるいは被告西村において負担すべき義務がない。

二  請求の原因二の事実について。

(二)の事実のうち、被告西村に過失のあつたこと、被告タクシー会社に損害賠償着任のあることは否認するが、その余の事実は認める。

(四)の事実は争う。

三  請求の原因三の事実は知らない。

四  同四の事実のうち、自賠責保険金二〇〇万円が支払われたことは認めるが、その余の事実は争う。

五  本件事故発生について被告タクシー会社および被告西村に過失がなかつた。

当時は寒さの厳しい時季の夜間で、しかも雪が降つていた。したがつて、車両の通行する路上に人が倒れているなどと予想もできない状態であつた。ところが、被告米村が前記事故を起こしたのに救護の措置を全くとらず、いわゆるひき逃げをしたため、被告西村は前方約二〇メートルの地点付近に克之を発見し、避けるいとまがなかつたために前記第二の事故に至つたのである。

右のような事情にあつて、運転者は路上に人が倒れていることまでも予想して運転すべき義務はないものというべく、被告西村には過失がなかつた。

六  本件事故発生については、克之および被告米村に過失があつた。

克之は深夜酩酊して、歩道車の区別のある道路の車道部分に歩道から約三メートルも入つた地点にいたもので、重大な過失があつた。被告米村は、前方注視義務を怠たり、克之の発見が遅れた過失があつた。さらに、被告米村は事故後直ちに救護措置をとることもしなかつた。

七  西村車はタクシー営業に使用しており、日常専門の整備担当者が点検整備しており、当時構造上の欠陥又は機能の障害がなかつた。

八  仮りに被告タクシー会社および被告西村が損害賠償責任を負うとしても、克之には前記のような過失があつたから、過失相殺がなされるべきである。なお、被告西村と同タクシー会社の責任額を定めるための過失相殺の割合は、他の被告らのそれとは別個に考えられるべきである。そして、被告西村に過失があつたとしても、それは当時の天候等に照らし安全速度を若干越えていた程度の軽微なものであるのに、一方克之の過失はきわめて重大であるから、克之の過失割合が八割以上とみるべきである。

九  前記第三の六記載のとおり、原告喜代子および同幸子は、それぞれ七五万円の弁済を受けている。

一〇  前記第三の七記載のとおり、原告らの拡張された請求部分は時効によつて消滅しており、被告らは右時効を援用した。

第五証拠〔略〕

理由

一  請求の原因一の1ないし3の事実は、各当事者間に争いがない。そして、いずれも〔証拠略〕を総合すると、本件事故に至るいきさつ、事故発生地の状況、事故の態様などについて、つぎのような事実を認めることができる。

(一)  本件事故現場は、米子市皆生方面から同市角盤町方向へ通じる通称皆生街道と呼ばれる車両の交通量の多い道路上である。事故現場附近は平垣な直線道路である。道路の中央に幅員約一二メートルの車道があつて、その両側に歩道が設けられていたが、車道の両端のそれぞれ幅員約三メートルの部分は舗装されておらず、車道の中央の幅員約六メートルの部分だけがアスフアルトで舗装されていた。道路標識等による最高速度の指定はなされていなかつた。本件事故発生当時、事故現場附近は暗く、かつ、雪がかなり激しく降つていたため、見とおしがきわめて悪く、前方約一〇ないし二〇メートルぐらいしか見とおせない状態であつた。

(二)  克之は、事故発生日の午後五時すぎごろから午後九時すぎごろまで、勤務先の宿直室あるいは現港市内の酒店で、ウイスキーあるいは清酒を飲み、午後九時すぎごろ右酒店前でタクシーに乗つたが、そのころには一人では歩行困難なほどの酩酊状態であつた。克之は、午後一〇時一〇分すぎごろ、事故現場から数百メートル離れた場所付近で右タクシーから下車した。その後の克之の行動は明らかではないが、本件事故発生直前には道路の舗装部分に横たわつていた。なお、翌一二月一日午前四時ごろ採取された克之の血液から、一ミリリツトル中二・七一ミリグラムのエチルアルコールが検出された。

(三)  被告米村は、事故発生日の午後七時三〇分ごろから一〇時ごろにかけて、皆生の旅館で会議に列席し、食事をしたが、その際さかずき三杯ぐらいの清酒を飲んだ、同被告は同日午後一〇時一〇分ごろ、米村車を運転して右旅館を出発し、同日午後一〇時二〇分ごろ、時速約五〇キロメートルで事故現場にさしかかつた。被告米村は、克之に約五メートルに接近してはじめて同人に気がついたが、急制動の措置をとるいとまもなく、ハンドルを少し右にきつただけで自車を同人に衝突させたうえ、同車で同人の胸部を轢過した。そして同被告は、人をひいたかもしれないと思つたものの、恐怖心にかられて自車を停車させることなくそのまま進行を続け、克之の救護措置、事故の通報措置をとらなかつた。そのため、克之はそのまま右道路の舗装部分に横たわつていた。

(四)  被告西村は、時速約五〇キロメートルで西村車を運転して、事故発生日の午後一〇時二五分ごろ皆生方面から事故現場にさしかかつた。同被告は、克之に約一〇メートルに接近してはじめて同人に気がつき、ハンドルを少し右にきつたが間に合わず、自車で克之の大腿部を轢過するに至つた。同被告は直ちに自車を停車させ、自車に克之を乗せて病院へ運んだ。

(五)  克之は、本件事故により胸部挫傷、右大腿部挫裂創等の傷害を受け、翌一二月一日午前二時一〇分ごろ、呼吸困難のために死亡した。

克之の受けた傷害のうち主たるものは胸部のものと、右大腿部のものである。

胸部の傷害は、米村車によるもので、胸骨々折、九本の肋骨々折、左肺裂創、第四胸椎と第五胸椎間の完全脱臼・転位、左右の肋膜裂創等であつて、克之の死因となつたものであり、後記大腿部の創傷がなかつたとしても、克之の生命をとりとめることは期待できなかつた。

右大腿部の傷害は、西村車によるもので、骨盤を破壊し、ぼうこう等に重大な損傷を与えたものであつて、右の程度の傷害も一般的には死因となり得ないわけではないが、本件の場合は、前記胸椎の脱臼・転位によつて直ちに下半身の全麻痺が起きていたため、右大腿部の傷害による出血はごく少なく、右傷害は出血その他により全身の衰弱にいくらか関与したにとどまり、直接の死因にはならなかつた。すなわち、本件において西村車の与えた傷害は、克之の死亡時期を多少早めた可能性があつたにとどまり、克之の死亡の直接の原因とはならなかつた。

二  被告らの責任について。

(一)  さきに認定した事実に照らすと、本件事故発生について被告米村および同西村に、前方に対する見とおしがきかないのに時速約五〇キロメートルで進行していた過失があつたものというべきである。そこで、被告木村、同西村は、それぞれ民法七〇九条による責任を負う。

米村車が被告工業会社の所有であつて、同被告が自己のために運行の用に供していたことは、原告らと同被告との間に争いがない。そこで、被告工業会社は自賠法三条による責任を負う。

西村車が被告タクシー会社の所有であつて、同被告が自己のために運行の用に供していたことは、原告らと同被告との間に争いがない。また、被告西村に過失のあつたことは前述のとおりであるから、その余の点について検討するまでもなく被告タクシー会社の免責の抗弁は理由がない。そこで、被告タクシー会社は自賠法三条の責任を負う。

(二)  ところで、前記一の(五)で認定した事実に基づいて被告らの負うべき責任の範囲について検討する。被告米村および被告工業会社は、本件の全損害について責任を負うべきである。被告西村および被告タクシー会社は、克之の死亡による損害については責任を負わず、同人の死亡時期を多少早めた可能性のある傷害を与えたことによる損害の限度において責任を負うと解すべきである。そうだとすると、被告西村および同タクシー会社は、克之の死亡による逸失利益については責任を負わず、慰謝料および弁護士費用の各一部分について、被告米村および同工業会社と連帯して、責任を負うものと解すべきである。

三  前記一で認定した事実に照らすと、本件事故発生について克之にも重大な過失があつたことが明らかであり、克之の右過失は被告らの賠償額の算定にあたり斟酌すべきである。

四  成立について当事者間に争いのない〔証拠略〕によると請求の原因三の事実を認めることができる。

五  つぎに、本件事故によつて受けた原告らの損害について検討する。

(一)  克之の逸失利益

〔証拠略〕、被告米村および同工業会社に対する関係で〔証拠略〕によると、克之は本件事故当時二七歳(昭和一四年九月一三日生)であつて、鳥取県立米子南高等学校境港分校の教諭として稼働し、一ケ月当り三万二三〇〇円の給与を得ていたもので、本件事故がなければ克之は五九歳に達する一九九八年九月まで教諭として稼働することができ、その間別紙(三)の逸失収入計算表記載のとおりの収入(年間収入額は給料一年分と給料の三・九カ月分の期末勤務手当、〇・二ケ月分の寒冷地手当、〇・四ケ月分の勤務手当とを加えたもの。ただし、一九六六年一二月から一九六七年九月までの分については、手当は〇・四ケ月分の勤勉手当のみ。)を得ることができたこと、そして、克之が五九歳に達して勧奨を受けて退職した場合には、退職時の給料月額の六九・三倍の退職手当を受けることができたこと、退職後は死亡まで退職前三〇ケ月の平均給料月額の六二・五パーセントの年金を受けることができたことをそれぞれ推認することができる。右事実に基づいて克之の逸失利益を計算する。

給料等については、生活費などとして二分の一を控除することとし、ホフマン式計算方法により一年毎に年五分の割合による中間利息を控除し、克之の死亡当時の価値の総額を概算すると、別表(三)の逸失収入計算表記載のとおり八九九万八六二五円となる。

退職手当についても、右同様の計算方法により中間利息を控除すると、つぎのとおり二四〇万一四一五円となる。

90,000円×69.3=6,243,930円

6,243,930円×0.3846=2,401,415円

これから原告ら自身の死亡時の退職金一〇万二六〇〇円と遺族一時金五万九一五三円とを控除すると、残額は二二三万九六六二円となる。

退職前三〇ケ月の平均給料月額は、つぎのとおり八万九二六〇円となる。

(87,900円×6)+(89,100円×12)+(90,100円×12)=2,677,800円

2,677,800円×1/30=89,260円

そこで、克之は七二歳まで年金受領が可能であつたとみて、前同様生活費等として二分の一を控除し、中間利息を控除した得べかりし年金の総額は、つぎのとおり一四八万一〇五七円となる。

89,260円×12×62.5/100×1/2=334,725円

334,725円×(23.2307-18.8060)=1,481,057円

以上により克之の逸失利益は合計一二七一万九二四四円となるが、克之の前記過失を斟酌すると、被告米村らに負担させるのはそのうち五〇〇万円をもつて、相当とする。よつて、原告喜代子と原告幸子とはこれを二五〇万円ずつ相続によつて取得したことになるが、原告らの受領した自賠責保険金三〇〇万円(当事者間に争いがない。右原告らが一五〇万円ずつ受領したものとみるべきである。)被告米村が弁済供託した一五〇万円(右原告ら一人宛七五万円ずつ。〔証拠略〕によつて認められる。)を控除すると、残額は二五万円ずつとなる。

(二)  慰謝料

本件事故の態様とその結果、事故の各当事者の過失の内容と程度その他諸般の事情を考慮すると、原告喜代子および同幸子に対する慰謝料としては、それぞれ七〇万円ずつをもつて相当とし、被告西村および同タクシー会社はそのうち原告一人当り二〇万円ずつについてその余の被告らと連帯して支払う義務を負うものとするべきである。

原告翠に対する慰謝料について。

同原告が克之の妹であることはさきに認定したとおりである。〔証拠略〕によると、原告翠に軽い身体障害(少し跛をひく程度)のあること、同原告が本件事故当時未婚であつた(のちに結婚した。)ことが認められるが、右各事実のみでは原告翠の慰謝料請求を肯認することはできない。

(三)  弁護士費用

本件事案の内容、請求認容額等を考慮すると、被告らに負担させるべき弁護士費用としては原告喜代子および同幸子についてそれぞれ一〇万円ずつ(被告西村および同タクシー会社はそのうち二万円の限度で)をもつて相当とする。

六  なお、被告らは克之の将来の昇給に基づく逸失利益の請求権は時効によつて消滅した旨主張する。しかしながら、本件訴状の記載をもつて、克之の逸失利益のうち一部についてのみ判決を求める趣旨を明示したものと解することはできない。よつて、本訴提起後に拡張された請求部分についても、昭和四四年一一月二九日になされた本訴の提起によつて時効が中断しているものというべく、被告らの右主張は理由がない。

七  (結論)

以上により原告喜代子および同幸子は、それぞれつぎのとおりの支払を請求することができる。

(1)  被告工業会社は、同米村に対し、一〇五万円およびうち九五万円に対する昭和四一年一二月一日から、うち一〇万円に対する本件訴状が右被告らに送達された日の翌日(記録上明らかな、被告工業会社について昭和四四年一二月一一日、被告米村について昭和四五年一月八日)から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金

(2)  被告タクシー会社、同西村に対し、二二万円およびうち二〇万円に対する昭和四一年一二月一日から、うち二万円に対する昭和四四年一二月一一日(記録上明らかな、本件訴状が右被告両名に送達された日の翌日)から各支払ずみまで右同様年五分の割合による遅延損害金

原告遠藤喜代子、同内田幸子の請求を右の限度で正当として認容し、右原告らのその余の請求および原告翠の請求を失当として棄却する。訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文により、仮執行の宣言について同法一九六条を通用する。

(裁判官 妹尾圭策)

別紙(一) 逸失給料明細表

<省略>

別紙(二) 年金明細表

<省略>

別紙(三) 逸失収入計算表

<省略>

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